中国の食文化が日本に与えた影響Ⅱ ~日中麵文化研究:中国の麵食の特徴と日本との関わり~
日程 | 2017年3月25日 |
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場所 | 野田本社 |
講師 | 大塚秀明先生 |
主催 | キッコーマン国際食文化研究センター |
0.年度末は新年度への準備,その一つに引っ越し:4‐3月のサイクルはグローバルではない。
引越しそば:(「おそばにまいりました」の意にかけていう)転居した際、その近隣に近づきのしるしに配る蕎麦。『広辞苑』 本講座のキーワードの一つは「そば」
そば:①たで科の1年草。高さは約50センチで、秋に白または淡紅色の花をふさ状につける。種子は三角形で黒い皮におおわれ、粉にして食用にする。原産地は中央アジア。②そば(1)の種子をひいた粉に、小麦粉などを加えてこね、のばして細く切った食品。そば切り。またその料理。ゆでて、つゆにひたしたり、つゆをかけたりして食べる。『学研国語大辞典』→③
漢字表記:蕎麦、中国語で読むとqiaomaiチィァオマイ:そばに相当する1字の漢字がない。
【五穀】米、麥、粟、黍(キビ)、豆:いずれも214の部首に含まれる。[一説に黍に代わり稗]
そばという植物は中国ではメジャーではない。そばは中国語では“蕎麦麵”という。
1.日本のそばⅠ
江戸中期から今日のそばが食されるようになった。それまではそばがきなどとして食された。
年越しそば:大晦日または節分の夜に食う蕎麦。→みそかそば。『広辞苑』
起源は諸説あり:細く長く(長寿) 形状、噛み切る(忘却)食感
落語:時そば(食後に現金で支払う、挿入ことばに依る「キセル払い」)
江戸時代:硬貨が流通していた、時刻が生活の中に入ってた
男はつらいよ:寅さんの口上
信州信濃の新そばよりもわたしやあんたのそばがいい
年明けうどん:うどんの消費拡大に貢献すること、正月における新たな利益・経済効果を生み出すことを目的として讃岐うどん業界を中心に2009年正月から始まった行事
そばとうどん
- 共通点
- ともに粉食、粉にする技術は中国から伝来したもの
箸を使い、すすって食する
- 相違点
- そばは本来の日本のことば、うどんは中国語から変化したことば
そばの花(植物)とそばの実(そばだっている実):そば殻枕
青木正児:渾沌huntun →[意符]餫飩[音符]餛飩→[加熱]温飩、饂飩
ワンタンの中国表記である「コントン」のコンは食偏に「昆」と書き、コンを食偏に「軍」とも書き、ウントン、ウンドンとも読む。これが読みの同じ温飩になり、饂飩に変わった。
素朴な対比 太いvs細い、白いvs黒っぽい、東vs西 『学研国語大辞典』
そば○:うどん○ | 御亀-、掛け-、狐-、貍-、夜鳴き- |
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そば○:うどん× | 生-、笊-、支那-、年越し-、二八-、盛り-、焼き-、藪- |
そば×:うどん○ | 釜揚げ-、素-、鍋焼き- |
2.中国のうどん
中国では「そば」を食べない。
中国4大料理:南の粒食文化、北の粉食文化
華北(山東、山西など)のさまざまな麺食:動詞に依る命名
- 切麵 平らにして重ねて包丁で切る
- 拉麵 両手で左右に引いて細くする
- 刀削麵 刃物で削って細くうすくする
- 撥麵 細い棒で削ぎ取るように細くする
- 猫耳麵 小さな粒にして親指の腹で平たくする
- 麵
- 1小麦粉、うどん粉、メリケン粉
- 2小麦粉を練って細くし加熱して食べるもの
小麦粉ファミリー
名称は異なるが、小麦粉を使い、こねてから{寝かせる=発酵させるか否か}、ねった小麦粉を平面とするか固まりとするか、餡は多いか少ないか、餡をどうするか、熱の加え方(茹でるか、蒸すか)などの組み合わせで、さまざまな点心ができる。
こねてから | 成形 | 餡、餡の扱い | 加熱 | 食品 |
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そのまま | 薄く伸ばし正方形 | わずか、短冊状2つ折り | 鍋でスープ | ワンタン |
そのまま | 薄く伸ばし円形 | こんもり、半月状包む | 鍋で茹でる | ギョーザ |
そのまま | 薄く伸ばし円形 | たっぷり、巾着状包む | 蒸籠で蒸す | シュウマイ |
寝かせて | 小さなかたまり | それなり、埋め込み | 蒸籠で蒸す | パオズ |
寝かせて | 小さなかたまり | なし | 蒸籠で蒸す | マントウ |
東アジアの点心に対してヨーロッパはパン
こねてから酵母菌を入れてに焼いたものが“麵包”mianbao「パン」 形状による命名
食パンは直方体が似ているので、俗語でマイクロバスを“麵包車”mianbaocheという。
麵麭:四角い立方体の食パンの形状から「マイクロバス」を“麵麭車”と称した。
バス:omnibusオムニバス。大量の乗客を運ぶ自動車、乗合自動車の総称。
マイクロバス:microbus小型のバス。前方にあったボンネットがなく、全体が直方体。
日本語では「パン」を入力すると「麵麭」が出る。
中国語の「麵麭」は明治の日本語でも使われていた。めんぼうともパンとも読まれた。
- 『麵麭の略取』クロポトキン著 平民社譯(幸徳秋水訳) 1909年1月 平民社
- 『それから』夏目漱石1909年:麵麭のための仕事は劣等で堕落である 朝日新聞連載
軍隊の食生活:「重焼麵麭」乾パンの前身でビスケットのこと
麵條:細く長い:長寿麺、中国の「壽」ことぶきイメージ
一般的な「福」:新年のめでたさ:“蝙蝠”bianfu(コウモリ)吉祥の動物、西欧との差異。
長寿「壽」偶数:日本の七五三の千歳あめの「寿」、結婚式の引き出物に「寿」には違和感。
結婚「囍」左右を繋ぐ横棒:双喜shuangxi、英語でDouble Happiness:日本では吉祥文様。
麵以外の粉食
米粉 “米粉”mifenビーフン
“米”を「ビー」と読むのは南方(台湾)方言。
緑豆(リョクトウ・リョクズ)の澱粉:“粉絲”fensi線状食品、“粉条(兒)”fentiao(r)細条状食品
中国語では太さに違いがあるが日本語では区別せず大正期に「春雨」と命名する。
3.日本のそばⅡ:日本ではそば粉を使わない「そば」がある。以下は『学研国語大辞典』
【そば】
[中華そば]①中国風のめん類、また、その料理の総称。小麦粉に卵・塩・梘水(カンスイ)を加えて練り、うすくのばして細く切っためん。また、それをゆでてからスープに入れたり、いためたり揚げたりして食べるもの。支那そば。②特に、ラーメン。③中国風のめん。また、その料理。
[梘水]鹹水、鹸水、礆水、鹻水、碱水など:中華麺などの製造に使うアルカリ塩水溶液。小麦粉に混ぜることで柔らかさや弾力性をもたせる。中華麺特有の麺の風味、感触、色合いは、かん水を入れることにより生じる。
本来は、小麦粉から作ったものが「うどん」、そば粉を主にして作ったものが「そば」。
料理法には互換性がみられたが色や形状に差異化がみられ、明治になると第三の線状食品が現われ、原料よりも形状が優先され「そば」に分類され、今日のラーメンの祖先である麵料理は南京そば、また支那そばと呼ばれた。焼きそばや五目そばは昭和前期に生まれた。
戦後になると「支那」という呼び方の使用に規制がかかり、「中華そば」に替わった。
『西洋料理と中華料理』主婦之友社1950年4月に用例がある。
うどんvsそばの関係に変化が生じたのはラーメンの全国的な認知である。チキンラーメンから始まる即席麵の生産、さらにカップヌードルの世界的なヒットから、新しい名称が生れた。
【ラーメン】
中華風の麵料理の一つ。おもに、しょうゆで味をととのえた汁に麵を入れ、肉、野菜をそえたもの。中華そば。
参考:最近では、塩・みそなど、いろいろな味付けをしたスープも用いられる。▽中国 la-mian
- ラーメンの語源
中国には日本のラーメンはない。『外国語になった日本語の事典』岩波書店1999年7月
現在の一応の定説:大正10年に開店した竹屋食堂の王文彩(ロシアから札幌への亡命者)
出来上がると“好了”(ハオラ)と言った。その「ラ」をとってラーメンとした。
国語辞典への収録は戦後のことである。ワンタン→シュウマイ→ギョウザ→ラーメン
4.中国の麵食の特徴と日本との関わり
(1)中国の麵食:四川の担担麵には汁がない:「担」とは担ぐ、降り売り方式の麵であった。
陳建民(麻婆豆腐を日本人に合うように辛さを押さえた)の工夫。汁あり担担麵。
北京の炸醤麺(ジャージアンミエン)ジャージャーメン、ジャージャンメンとも。
豚のひき肉と細かく切ったタケノコやシイタケなどを豆味噌や豆豉醤で炒めて作った「炸醤」と呼ばれる肉味噌を、茹でた麺の上に乗せた料理。
(2)すする食仕方:つるつる
すする音:落語の芸
汁と箸
(3)火の料理 水の料理
日本の東西のそばうどんの住み分け理由:近年の研究では江戸と大坂の水事情が影響した
北海道の昆布をふんだんに使った煮込みのうどん、醤油を水で調合した盛りざるそば
中国料理と日本料理を「火の料理と水の料理」の比喩は、うどんそばの文化にも当てはまる?
(4)近年の動向
- 中国
味千ラーメンなどが「日式拉麵」として人気になっている。中国の外食産業。
同じ小麦粉を原料とするうどんであるが“烏冬麵” wudongmianとして紹介されている。
- 日本
「麵」が単独で使われるようになり、新たな線状食品の枠組みが生れている。
「ラーメンライス」は「餃子ライス」などとともに中国人からみると異様な組わせ。