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-醤から醤油へ-しょうゆ発達小史

KIKKOMAN ARCHIVES
19世紀-(2)
江戸時代後期の醤油の製法
 19世紀に至るまでの醤油の発達の流れは、まず原料の選択と選別および配合割合の決定、製麹 せいきく 方法の工夫と改善、圧搾方法の改良と改善などによって、醤油を完成品に近づけていった。そしてこの流れは諸味 もろみ の発酵熟成期間の長さにおよび、「下り醤油」タイプから「関東地廻り醤油」タイプ(現在の濃口醤油タイプ)へと変わり、調味料としての用途も「万能型」へと広がった。
 19世紀に入り刊行された文献の中から、江戸時代後期の醤油の製法を見る。
『新撰庖丁梯 しんせんほうちょうかけはし (享和 きょうわ 3年<1803>刊)
【日用醤油の法 小麦一斗を炒って碾き、大豆一斗は煮る。この二品を麹 こうじ にする。塩一斗を小麦と大豆に混ぜ、水二斗五升を入れた桶に入れる。それを「もとかい」(かきまぜる棒状の道具)で頻繁にかきまぜる。頻繁に混ぜるのは最初の1か月で、以降は朝と夕方三度ほどでよい。およそ十二・三か月で醸 かも し終る。これを布の袋に入れしぼる】
 この本に書かれている製法は、発酵熟成期間を除けば、前出の他の文献とほとんど同じである。発酵熟成期間がほぼ5から6倍長い。いずれにしても、19世紀の初めには、1年をかけるような醤油がつくられていたことが判る。
〔醤油づくり(1)〕「原料処理」と「製麹」の図(『廣益國産考』)
〔醤油づくり(1)〕「原料処理」と「製麹」の図(『廣益國産考』)
この図では、大豆を「炒っている」図が描かれており、説明もそのように書かれているが、本文中では「豆は煮て」とある。図を間違えてしまったのだろう
 大蔵永常(1785-没年不明)は、その著『廣益國産考 こうえきこくさんこう 』の中で、「醤油并 ならび ニ手造リニスル損徳ノ辨 べん 」として、個人宅での醤油づくりを奨励している。
『廣益國産考 こうえきこくさんこう (天保15年<1844>刊)
【五人家族の家で醤油をつくるのであれば、大豆、大麦それぞれ一斗八升ずつ用意する。麦は炒って、半分は粗く挽き割り、半分はそのままとする。豆は煮たら麦と混ぜ、麹をつくる。麹づくりは、家の隅の土間に菰 こも を敷き、その上に筵 むしろ を敷いて、豆と麦を合わせたものを約一寸五分程の厚さに敷く。夏はこのままでよいが、九月であれば筵一枚、十月上旬なら二枚覆う。覆いをする前に、杉の葉の灰やススキの葉を原料の上に置くと麹がよく出来る。全国どこでも家庭で醤油をつくるのは、六月の土用中に仕込む】
【(麹ができたら)樽に仕込む。塩は大豆と同量使用する。水は麹三升につき五斗四升必要である。仕込み終ったら毎日交棒 まぜぼう で掻き回すこと】
【約七十五日たった頃、味もよく熟成する。そうしたら「もろみ」の中に籠をたて、籠 かご の中に溜まった醤油を汲み取り、溜まらなくなったら、その「もろみ」を袋に入れて搾る】
【手造りの醤油は、色が白いと嫌われるが、搾ったあと一度鍋で煮立たせるとよい。冷して樽に入れ貯蔵する。三か月たったらもう一度これを行なえば、色もよくカビることもない】
 醤油を家庭でつくることから、圧搾工程では、「簀立 すだ て」という古い方法で行なっている。また原料に大麦を使っているのは、醤油の味は劣っても自家消費なら問題はない、商品価値の高い小麦は市場に出し換金した方がよい、と著者は考えたのであろう。
「甘露醤油」と「白醤油」
 これまで「醤 しょう 」から「醤油」へ発達していった過程で、「溜 たま り醤油」「淡口 うすくち 醤油」「濃口 こいくち 醤油タイプ」の醤油について触れてきたが、別のタイプの醤油についてみておく。
 「甘露 かんろ 醤油」(現在は「再仕込 さいしこみ 醤油」と呼ばれている)は、天明年間(1781-1789)、現在の山口県柳井地方の4代・高田伝兵衛によってつくられるようになったといわれている。通常の醤油は、醤油麹に食塩水を混ぜるが、甘露醤油の場合は食塩水の代りに、火入れ前の「生 なま 醤油」を混ぜて諸味にする。このため一種の濃厚仕込みに相当し、乳酸菌や酵母などの微生物の働きがやや押えられ、糖分の甘味成分が多く液汁に残る。そのため出来上がった醤油は旨味成分も高く、色も溜り醤油のように濃いものとなる。
 寿司、鰻の蒲焼、刺身などのタレ用、かけ用に使われる醤油である。
〔醤油づくり(2)〕「仕込(撹拌)」と「醤油汲み取り」の図(『廣益國産考』)
〔醤油づくり(2)〕「仕込(撹拌)」と「醤油汲み取り」の図(『廣益國産考』)
 「白 しろ 醤油」は、江戸時代末、三河・新川(現愛知県碧南 へきなん 市)の内藤弥作によってつくられたといわれる調理専用の醤油である。原料のほとんどは、精白した小麦を使用する。小麦は蒸し、大豆は炒って砕 くだ いて醤油麹にする。諸味は撹拌 かくはん せず、熟成期間も短くしてアルコール発酵を極力抑える。また他の醤油と違って圧搾せず、諸味容器の下部から液汁を流出して醤油を分離する。着色を避けるため、火入れをしない場合もある。そのため他の醤油と比べ色が淡 うす く、窒素分は低いが糖分が多いのが特徴である。
 「甘露醤油」にしても「白醤油」にしても、「濃口醤油」のような万能型ではなく、用途目的が限定された醤油である。
19世紀-(2)