醤油仲間 / エッセイ

「しょうゆを愛し愛されて」

笠原 将弘

キッコーマンって漢字で亀甲萬って書くんですよね。
今の若い人は知らない人も多いだろうけど、僕ら和食の料理人にとっては、
亀甲の六角形の中に「萬」と書く、このマークにとっても馴染みがある。 修業時代にね、親方のレシピをこっそり見てたんですけど、
だいたいしょうゆはメーカーのマークで書いてあったので。
うちの師匠は、濃口は亀甲萬、淡口はヒガシマルでした。
僕もずっと使っています。

僕は東京出身だから、里芋の煮っころがしとか、関東の甘じょっぱい味が大好き。
蕎麦を食べに行っても、
「江戸っ子はそんなに蕎麦つゆつけちゃいけないよ」とか言うけれど、
僕はどぼどぼつけちゃいます。
絶対その方が美味しいと思う。
あと、最近は佃煮みたいな郷土料理や保存食が好きですね。
佃煮ってご飯がすすむし、つまみにもなるから、あると嬉しいよね。
ホームパーティーやバレンタインなんかも、
佃煮をもらったら「おっ、やるな」って思います(笑)

昔は佃煮屋さんが結構あって、地元にも、おばあちゃんちの斜め前にもあったなあ。 朝から、ものすごく濃いしょうゆの匂いが香ってくるんですよ。
縁日のしょうゆの焦げた匂いにも懐かしさを感じるし、
昭和の思い出のすべてに、しょうゆの香りがついてまわるんじゃないかな。

普段当たり前のように使ってるけど、
ある日しょうゆがこの世からなくなっちゃったらどうするんだろう。
しょうゆ味のラーメンも、焼き肉のタレも、牛丼屋も、うなぎの蒲焼きもない。
そう思うと、怖くなってくるよね。

今は濃口しょうゆと淡口しょうゆの違いが分からない人も多いけど、
日本人だったら、どっちも家に置いてほしい。
それぞれにこれじゃなきゃって理由があるから。
使い分けたり、好きなしょうゆを「今日はこれを使っちゃおうかな」って、
そんな贅沢ができたら、楽しいですよね。

そもそも僕は実家が焼鳥屋で、その隣がうなぎ屋で、
しょうゆの香りに燻されて育ってますから。
言うなれば、しょうゆの香りの申し子。
しょうゆを愛してしょうゆに愛され、
これからも一生お付き合いしていきます。

笠原 将弘(料理人/日本料理「賛否両論」店主) (かさはら まさひろ)

1972年東京生まれ。「正月屋吉兆」で9年間修業後、実家の焼鳥店「とり将」を継ぐ。店の30周年を機に一旦店を閉め、2004年、恵比寿に自身の店「賛否両論」を開店。独創的な感性で作り上げる料理が評判を呼び、たちまち予約の取れない人気店となる。2013年、名古屋に「賛否両論名古屋」を開店。基本的な家庭料理から専門料理まで、和食の魅力を伝える著書も多数。