醤油仲間 / エッセイ

異国で知る「Shôyu」

藤代 将平

調理の専門学校で西洋料理を専攻して学んだ後、
20歳から25歳までの5年間をフランスで過ごしました。
渡仏したきっかけは「就職したり家庭を持ったら、しばらく海外には行けなくなるよ」という家族や結婚前の妻(当時は彼女)の後押しが大きく、
「今しかないか」と決めました。
ワーキングホリデーのビザを取得し、20歳になったばかりの時に単身フランスへ。
今思うと、初めてのひとり暮らしも、お酒も就職も、
たくさんの「初めて」をフランスで経験したことは、貴重な体験だったなと思います。

パリ市内に5年間住みながら働いていましたが、
自分が想像していた以上に日本の食材がフランスの食卓に馴染んでいることに驚きました。
しょうゆは、パリでは普通のスーパーに並んでいましたし、
僕が働いていたレストランの厨房には、どこもしょうゆが置いてありました。
高級レストランでは隠し味やうなぎの燻製に使われていたり、
ちょっとカジュアルなレストランだと
短時間で出せるスピードメニューにしょうゆを使った料理が1品はあったりします。
しょうゆや白だしを使った西洋葱のマリネや、
しょうゆとごま油で和えただけのカルパッチョなど、
メニューにも「しょうゆ」を記載するお店もありました。

フランス料理に使う調味料って、基本掛け合わせて使うことが多いんです。
例えば、海外のお酢はむせてしまうほど極端に酸が強いので、
熟成させたり酸を飛ばして他のものと合わせたり、
色んな酸を掛け合わせて旨味の幅を広げたりすることもあります。
その点、しょうゆはそれひとつで完成されていて味も決まっているので、
他の調味料に比べると純粋に手間が省ける。
そのおかげで、他のメニューを増やせたりバリエーションが出せたりするので、
作り手側だけでなく食べる側にとっても選択肢が広がることになる。
しょうゆは、選択肢を広げてくれる調味料という感じで使っている印象を受けました。

そもそも、しょうゆのコクって、
フランス料理のベースとなるフォン・ド・ボーの仔牛のだしを詰めたコクに
少し似ているところがあると感じるんです。
それもあって、味の強弱をつける時に合うのだと思いますし、
やっぱり使いやすいんじゃないかなって思いますね。
メキシコ由来のサルサと呼ばれるちょっと辛みの強いソースを作る時に、
しょうゆを旨味のひとつとして入れることもありました。
味を出すというより、コクや旨味を足すためにしょうゆを選んで使う。
一番驚いたのは、クスクスに入れていたことです。
クスクスも小麦でつくられているから、今思えば理解できるのですが、
当時はとても斬新に感じました。
良い意味で特別感がなくて、フランス料理だからこれを使わなきゃとか、
日本料理だからしょうゆを使わなきゃとか、そういった気負いがなくて。
変な思い込みを持っていたのは自分の方で、
海外の方たちの偏見がなく自由なところはとても勉強になりました。
あと、フランスの人って、自分の国のことをすごくよく知っているんですよ。
政治のこともワインのことも、ちゃんと興味を持って一人ひとり自分の考えを持っている。
自国の生活文化に対する理解が深いことを感じた時に、
僕もきちんと日本の食材や文化のことを自分の言葉で話せる人でありたいと思いました。

日本に帰国してからは、働きながら時間を作って日本各地を訪ね、
土地や食材のことを知る旅に出かけています。
その中で、自分の好きな土地でお店を構えたいと思うようになり、
今は独立の準備をしているところです。
顔の見える生産者さんの素材を使いながら、
そこに自分の考え得る最適な手を加えて仕上げた料理を出すことを目指しています。
身近な人に喜んでもらうことが嬉しいというのが僕の根本。
そうやって、土地に根付いていければと思っています。

藤代 将平(料理家) (ふじしろ しょうへい)

1995年神奈川県生まれ。専門学校を卒業した後に渡仏。le comptoir、abri、clown barを経てrestaurant badaboum(現在はレストラン業態閉店)にてシェフを務める。約5年のパリ滞在を経て帰国し、代々木上原にあるMAISON CINQUANTECINQのシェフに就任。鎌倉での独立開業に向けて準備中。