醤油仲間 / エッセイ

味は渡り、
世界をつなぐ

篠 あゆみ

うちの焼肉は、ちょっと変わっていました。
しょうゆにタバスコを混ぜたソースが我が家の定番で、肉も野菜も全部それにつけて食べる。
食卓にはいつもしょうゆ差しとタバスコの瓶が並んでいて、自分で混ぜて食べるんです。
小学生の頃からそれが当たり前で、大学を卒業して社会に出て、初めて韓国風の焼肉を食べたんです。
我が家のあの味は、父がアメリカ出張の時に覚えてきた味らしくて、気に入って持ち帰ったんだと思います。
そうして異国の味が、いつの間にか我が家の定番になっていました。
今でも懐かしくなって、たまに食べたくなります。

出身は東京。美大で油絵を専攻し、スタイリストの仕事を経て、今はパリでフォトグラファーをしています。
スタイリストになったのは偶然の連続からで、実はもともとファッションに興味があったわけではなかったんです。
でも今思うと、色々なものを見たい、自分の知らなかった綺麗なものを知りたいという気持ちが強かったんだと思います。
だから最初にファッションショーに連れて行ってもらった時は、もう感激、感動でした。
ただ、仕事は本当に忙しくて、寝れない日もあり、体を壊すこともありました。
仕事的には順調でも、どこかで「ここは自分の居場所じゃない」という思いがあって。思い切ってパリに渡ることを決めました。

写真は趣味で撮っていたし、カメラマンの方のお手伝いをした時に暗室を貸してもらって、初めて自分でプリントを仕上げた時の楽しさに夢中になりました。
もっとやりたい、そう思ったんです。パリに来たばかりの頃は言葉もできず不安も多かったけれど、師匠について雑誌の仕事を手伝いながら経験を積んでいきました。
そうした暮らしの中では、私にとって「食」が大きな支えでした。
移住当初は日本の食材のフランスでの流通が少なくて、和食はフランスにある材料で工夫するしかありませんでした。
印象的だったのは、フランス人が白いご飯にしょうゆをかけて食べるのを見た時。
「えっ、ご飯にしょうゆかけるの!?」って本当に驚きました。

パリでの生活が長くなるにつれ、自分なりの食の工夫も増えてきました。
お気に入りは、魚の周りを軽く炙って、オリーブオイルとしょうゆを混ぜたソースをかけて食べること。
こちらで手に入る魚の脂の少なさはオリーブオイルで補います。
にんにくをカリカリに揚げてのせても美味しいんですよ。
寿司酢も、砂糖を入れずに白バルサミコに塩を加えて作ります。白バルサミコの自然な甘さがあって、爽やかで美味しいんです。

父は料理をしないけれど、食べるのがとにかく好きでした。
当時はまだどこにも売っていないチーズを探してきたり、フレンチや中華など、いろんな国の料理のレストランに連れていってくれたり。
人を家に招いては「ご飯食べていきなさい」と言う。
そういう父の姿を見ていたから、食べることへの好奇心を自然と受け継いだんだと思います。

私にとって料理は表現であり、楽しみそのもの。
一人でも自分のためにきちんと作るし、「一人なのにそんなに作るの?」と驚かれることもあります。
小説の代わりに料理本を読むこともしばしばです。

綺麗なものも、美味しいものも、出会えた時の感動はどこか似ている気がします。
最近、香りやコクのあるしょうゆを焼いた赤身の肉に合わせてみたら、わさびを添えただけで驚くほど美味しくて。
食べ物と合わさった瞬間に「うわぁ、美味しい!」と胸が高鳴りました。
しょうゆは、どんな土地でもその姿を変えながら、国や文化を越えて食べる楽しさを広げてくれる存在だと思います。

篠 あゆみ(フォトグラファー) (しの あゆみ)

多摩美術大学卒業後、東京でスタイリストとして活動。
1999年に渡仏し、以降フォトグラファーとして現在に至る。
雨宮塔子氏とともにYouTubeチャンネル「「Toko AMEMIYA in Paris」」を開設し、パリの日常や文化を紹介している。