醤油仲間 / エッセイ

誰かと誰かの思いをつなぐ対話

クック井上。

僕、料理がめちゃくちゃ好きだったんですよ、昔から。
母親が料理上手で、仕事じゃないのに周りから頼まれて、某大使館の送別会の料理をつくったり、ご近所の方に料理を教えたりもしていました。
僕はそんなおかんの台所に立つ姿を見るのが好きで、自分も料理をするようになって。小さい頃にテレビ番組で見たコンソメスープを、母親の誕生日につくったりしていました。
それが、今につながっている気がします。

二十三歳のとき、芸人になろうとしたタイミングで、吉本の大阪の劇場が閉鎖になったんです。二丁目劇場っていう、当時は有名なところでした。
それで「これはもう東京に出たほうが早いんちゃうか」ということで、相方と一緒に上京しました。
ただ、芸人になってからも料理はずっとしてたんですよ。
若手時代って、とにかくお金がなくて。ライブの打ち上げも、居酒屋に行きたいところですけど、安く買った食材でうちに集まって鍋をしたりしていました。
だんだん、「今日は何つくってくれるの?」って言われるようになって、気付いたら韓国料理やイタリアン、コース料理まで出すようになって。
ライブのエンディングの告知コーナーで、僕がいつもそこにいないのがネタになっていて。「え、井上は?」、「あいつ、家に出汁とりに帰りました」、「なんやねん、それ」みたいな(笑)。

クック井上。と名乗るようになったのは、ある番組の料理コーナーで優勝したのがきっかけ。
その頃から、周りに「もう料理でいったらええやん」と言われることが増えました。
でも僕は、正直まだ芸人として売れたい気持ちが強くて、料理のことを前に出すのは、なんだか違う気がして。
料理を推したほうがいいっていうのは、周りからはずっと見えていたのに、めちゃめちゃ葛藤して、殻を破れない自分がいましたね。
最後は「どっちから売れてもいいじゃないか」という周りからの後押しがあって、料理を前に出してみようと思えるようになりました。

僕は食べ歩きするのも、すごく好きで。ライブやイベントで地方へ行くと、街を歩いて、気になったお店に入るんです。
ジャケ食べ、なんて言ってね。有名なお店よりも、地元の人に愛されているお店。
その土地で長年続いているってことは、その味が愛されているからですよね。
常連さんに混ざって同じものを頼んでみたり、お店のお母さん、お父さんと話したり。
おいしい以上に、こういうお店が何十年も続いているんだということに感動するし、地元の常連さんに愛される味から、その土地の歴史や思いを味わうんです。
よくネットの口コミを見ると、「期待したほどじゃなかった」とか、「口に合わなかった」とか見かけますけど、そのお店の常連さんからしたら、おかんの味を否定されているのと一緒ですよね。
友達に「お前の家のカレーの味、うまくなかったよな」なんて言われたらすごく悲しい。
ネガティブな声なんて、正直どうでもいいというか。点数に表れない味というのが、僕は好きなんです。

料理芸人としてよくお願いされるのは、時短 、簡単、 手抜き、 ズボラ。
料理のレシピなんてこの世に山ほどあって、「ピーマン 豚ひき肉 蓮根 簡単」なんて検索したらいくらでも出てくる。
でも、どこの誰かのレシピかは、本当はそんなに大事じゃないと思うんです。
自分にとっては、「おかんの」とか、「おじいちゃんがつくってくれた」とか、そういうものが一番おいしい。
僕のおかんの生姜焼きは、豚肉に塩胡椒してさっと炒めて、その上から生姜をすって、しょうゆをさっとかけるだけ。
別に難しくないけど、しょうゆも生姜も味がキリッと立って、めちゃくちゃ旨かった。

昔の食卓にはガラガラ回す調味料入れがあって、ラー油やしょうゆ、一味なんかが並んでて。
味が薄ければしょうゆをかければいい、ピリッとしたければ一味を振ればいい。「あとはお好きに」って感じで、絶対に味のゴールを出さなければって感じではなかった。
「うちの焼きそば、べちゃっとしていたけど、あれがホッとするんだよな」とかね、世の中の正解ではないかもしれないけど、思い出の味には常識を超えるパワーがあると思うんです。
そういう思い出の味って、レシピには表れてこないんですよね。
おかんが料理をするとき、大さじ何杯とか、入れる順番とかも決めていないし、その時の気分とか相手の具合とかをみて、変えている。
完璧な味じゃなくて、家族を想う気持ちなんだなって。
結婚前に、奥さんがお義母さんから貰った手書きのお料理レシピ帖を見せてもらったことがあって。
色鉛筆できれいにまとめてある手帳には、「しょうゆさっとひと回し」、「適量入れる」なんて書いてある。
それだけ見てもつくれないけど、奥さんは出来上がりを知っているわけで。
一回つくってみたらちょっとしょっぱかったけど、二回目はもっとおいしくなっていたんですね。
今は動画なんかもあるから、名もなき人の、名前のついていない料理も残しておける。
皆さんも、おとんやおかんの味をご両親が健在のうちに残してほしいなと思いますね。

家族や友人と囲む食卓は、その日のすべての感情をリセットできる場所でもある。
自分の子どもと喧嘩して口聞かないってなることはあるけど、料理はつくる。
料理を出すことで「お前のこと、大事に思っているよ」と伝えて、残さず食べたら「おいしかったよ、ごめんね」って。口では言わないけど分かり合える。
おかんがよく話してくれたけど、昔は貧乏で、コロッケをひとつだけ買ってきて、甘辛く煮てごはんに乗っけて食べたそうです。
そうするとコロッケが広がって、いくらでもごはん食べられたって、おいしそうに話していて。
情景が浮かぶようで、自分も食べたくなって。今は、その話を子供にしながら、一緒にやっているんですよね。
そう考えると、料理って誰かと誰かの思いをつなぐ、対話なんだなって思います。

クック井上。(料理芸人) (くっくいのうえ。)

料理の資格を8つ所有する異色の本格派料理芸人。TV・ラジオ・雑誌の料理コーナーへの出演などの他に、食のイベントの講師やMC、食品メーカーの料理レシピや商品の監修・グルメコラムの執筆なども務める。子ども番組で料理の先生も務める一方、大人向けの食育の講演や防災食の講師を務めるなど、多岐に渡って活動中。