醤油仲間 / エッセイ

西へ東へ

中村 米吉

私の父、中村歌六はとにかくお醤油にうるさい人。
この企画も父のほうが適任なんじゃないかってくらい、お醤油へ思い入れがあるんですよ。
私たち歌舞伎役者は地方公演となると1ヶ月単位で滞在します。そうした時に、父は関東のお醤油がいいからと、醤油の小分けパックを持っていっていました。
海外に行く時も必ず持って行くので、ヨーロッパでもアジアでも、ラスベガスでも持っていって、「これ、ちょっと醤油欲しいな」とか何とか言いながら、魚や肉にかける。
私は、海外に来てまでお醤油なんて、と思ってしまいますが、一口食べればアラ不思議。
どんな国のお料理にも合うお醤油の偉大さを感じるものです。

私は、妻が京都人でございますので、
結婚して初めて「薄口(淡口)醤油が薄くない」ってことを知ったんですよ。
「薄口?いや、嘘はよして」って。
薄口醤油の方が我々東京人からするとかなり濃い(しょっぱい)でしょう。

私は東京育ちなので、お醤油とお砂糖がいっぱい入っている甘めの卵焼き派。
ところが妻は「おいしいけれども、これは白いご飯に合わない」と主張します。
つまり彼女はだし巻き派。
私にとってああいうしょっぱい卵焼きは美味しいけれど、
ご飯のお供は甘辛い方だと思っています。
つまり好みが正反対!
しかしながら、
卵焼きひとつのことで家庭内において東西分け目の関ヶ原が起きるのであれば、
やっぱりね、ここはグッとね、我慢することが大切ですね(笑)。
泣くまで待とうホトトギスの精神で、関西風のだし巻き卵を作るようになりました。
醤油は西で起こって全国に広まったという説があるようですけど、
西と東、この文化の異なりはなんにつけ、面白いものですね。

歌舞伎というものも、西で起こって上方で盛んになり、
さまざま形を変えながら江戸文化としても花開いたわけです。
西から始まって、東でまた大いに変容していくという文化の変遷は、
もしかしたらお醤油にも歌舞伎にも通じるところですね。

お芝居は時代を通して、どんどん変容していきます。
世の中は目まぐるしく変わるから、歌舞伎だってどんどん変わっていくはずです。
でも歌舞伎役者がゴールのないところに向かって進み続けることだけは変わらないんじゃないかなと思います。
大きな先人を目標と立てて、どうにかその地点へたどり着きたいともがく。
でも、そこにたどり着いたとして、たどり着いていたかどうかはわからないんです。
先人と同時に、今の自分がその場に立つことはできないから。
「昔は良かったな」なんて、言われることも多いと思います。
だけれど「今も捨てたもんじゃないよね」と言われるようにしなくては。
求めて前へ進んでいくことを、やめてはいけないんだと思いますよ。

よく、「緊張しないんですか?」とか「プレッシャーとどう立ち向かうんですか」と聞かれることがあります。その時「諦めます!」と冗談半分でお答えするんですが、もしかしたら大事なことかもしれないと思い始めています。
味が薄ければしょうゆをかければいい、ピリッとしたければ一味を振ればいい。「あとはお好きに」って感じで、絶対に味のゴールを出さなければって感じではなかった。
あの先人のようにと努力しても、どうやっても追いつけない。
出来ても出来なくても幕は開く。
開いた以上は「どうせできやしないんだから!」と開き直って、
出来ることを一生懸命やるしかない。
一見諦めているんだけど、本当に諦めているから、諦めきっているから、もはやそれは諦めていないのです。

いいものを作る。
その裏には、諦めを味方にした「前進」もあっていいのだと思います。
なんて、すこしばかり濃口すぎたでしょうか。

中村 米吉(歌舞伎役者) (なかむら よねきち)

1993年生まれ、2000年初舞台。父は五代目中村歌六。
女方の大役である雪姫・八重垣姫・時姫の三姫を、2023年から24年にかけての短期間でつとめあげた。古典歌舞伎のみならず『風の谷のナウシカ』『流白波燦星(ルパン三世) 碧翠の麗城』など新作歌舞伎でも幅広く活躍中。