中国の食文化が日本に与えた影響 ~日中餃子文化研究:日本食に融合した中国料理とその歴史的背景~
日程 | 2017年1月28日 |
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場所 | 東京本社 |
講師 | 大塚秀明先生 |
主催 | キッコーマン国際食文化研究センター |
0.本日は旧正月 中国の“春節”風景 おめでたい色は“紅”
「福」の字が逆さ→福倒dao(福が倒れる)[中国語では同音]→福到dao(福が到る)
日本語での覚え方「たおれる人あり(倒)、いたる人なし(到)」
「餃子」を食べる:国語辞典の記載【ぎょうざ】
中国料理の一つ。豚のひき肉にみじん切りの野菜を加えた肉あんを、小麦粉でつくった皮に包んだもの。油で焼いたものを焼き餃子※、ゆでたものを水(すい)餃子、蒸しあげたものを蒸し餃子という。
- ※“鍋貼”guotie:イーゴコーテー(イーゴ皇帝)〈餃子の王将〉符丁
中国語“水”shui≠「水」、“焼”shao≠「焼く」:日中同形異義語
「餃子」の音読みは「こう、きょう」+「し、す※」
ぎょう:農業、行列、仰天…と多いが「餃」はない。餃の音読みはこう、きょう
ざ:座席、挫折…とあるが「子」はない。
- ※唐宋音:椅子(いす)、緞子(どんす)、様子(ようす);卓子(たくし)
眼目:日中餃子文化比較考
中国でどのように“餃子”が生まれ、日本でどのように「ぎょうざ」となったのか
1.中国が日本に与えた影響
古く中国は翻訳センターであった。その頃の日本は「どうでもよかった周辺国のひとつ」。
19世紀末からは日本が翻訳センターの役割を果たし、和製漢語が中国語に入る。
中国の食文化が日本の食に与えたもの:稲、箸、野菜、植物、豆腐、醤油…
「食文化」という言葉=概念の成立は新しい。1980年以前にはなかったことば。
中国語では“飲食文化”、英語ではfood culture
キッコーマン国際食文化研究センターは1999年設立
日本文化では3つ:中国では偶数、日本では奇数が多く見られる。
古く日本の仏教の世界では日本、中国、印度の3つがあった。
明治になり西洋が印度に取って替わり、中国は当時支那と呼ばれた。
日本の食:和洋中:和食・洋食・中華
和食がユネスコ無形文化遺産、「和」は他者があって自分が意識される。
日本食とは、狭義では和食、広義では「日本の食」=日本での食と考える。
ギョーザは中国料理なのか。
日本の中国料理の3つ:上(宴席料理)、中(一品料理)、下(点心、小吃)
ギョーザ、シューマイ、ワンタンはどれも「下」:ラーメンを加えて“四大麺食”
漢字表記:餃子(ぎょうざ)、焼売(しゅうまい)、雲呑(わんたん)、拉麺(らーめん)
陳建民とマーボー豆腐(麻婆-) 料理人としての自負(プライド)
2.中国の“餃子”
(1)小麦の伝来:稲と麦:南と北:粒食文化と粉食文化:
四大料理:北京・江南・四川・広東→『中国料理大全』小学館;欧州とほぼ同じ広さ
麦と麥:「來」が入っている「麥」の字
石臼の伝来 馬の餌から人間の食べものに
(2)餃子の作成
ギョーザのミイラ、形状特徴[二つ折り、ひだ、半円形、とんがり]がすでに見られる
清《康煕字典》の214部首、漢《説文解字》に“餃”はない。560部首に來部と麥部あり
動植物(禾偏、米偏、麦偏)
(3)餃子という名称:名称“餃子”の成立まで:さまざまな名称
料理の命名:食材+料理法の4字が多いが中国料理[下]では命名が単純、形状命名
つつんだもの→包子(パオズ):中華饅頭(マンジュウ)、肉まん、豚まん、あんまん
へこんだもの→窩頭(ウォトウ):
ひらたいもの→扁食(ピエンシ):餡が少ない、あるいは無い。雲呑(ワンタン)
とがったもの→角兒(ジアル):餡が多い、ひだを作ると両端がとがる。
角から交へ:北京を中心とする北部の中国語に音韻変化が見られた:入声の消失
これにより“角”と“交”が同音(現代中国語jiao)となり、これに食偏が加わる。
さらに接尾辞“子”が付く:2音節にするための1字(原義は消失、発音も軽く短く)
“餃子”として文献記載の始めは明 沈徳符《万暦野獲編》(1606)
(4)餃子は縁起もの「ハレ」の食べもの
文字:旧年から新年に子(ね)の刻に交差する:子が授かる意を表わす縁起もの
形状:銀錠(日本では馬蹄銀と呼ばれる)の形から富を表わす縁起もの
加えて:餃子の餡に金銀類を入れて食べ当て新年の吉を占う縁起もの
フォーチュンクッキーのおみくじ:アメリカ中華街の名物菓子、中国には無い
- 【資料2点】
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- 正月初一…飲椒柏酒、吃水點心、即扁食也。或暗包銀錢一二於内、得之者以卜一歳之吉。
正月初一に…椒柏酒を飲み、水点心を食べる。つまり扁食である。ひそかに銀銭を一二枚中に入れ、食べてそれに当ればその年は吉と占う。
(明劉若愚『明宮史』 中山・木村『点心の知恵・点心のこころ』NHK出版2006年) - 京師、謂元旦為大年初一。(略)是日、無論貧富貴賤、皆以白麵作角而食之。謂之煮餑々。擧國皆然、無不同也。富貴之家、暗以金銀小錁寶石等藏之餑々中、以卜順利。家人食得者、則終歳大吉。(清敦崇 小野勝年譯註『北京年中行事記』岩波文庫 昭和16年9月)
京師では元旦を大年初一と謂ふ。(略)此日は貧富貴賤を論ずるなく、皆白麵を用ひて餃子を作って食べる。これを煮餑餑と謂ふ。〔この習慣は〕全國皆さうなのであつて、同じからざるは無い。富貴の家では小粒の金銀や寶石等を餑餑(餃子)の中に入れ置いて、それによつて順運吉利のことを占ふ。家人でこれを食ひ當てた者は其歳中が大吉なのである。
- 正月初一…飲椒柏酒、吃水點心、即扁食也。或暗包銀錢一二於内、得之者以卜一歳之吉。
- 諺3題
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- 1“迎客餃子、送客麺”お客を迎えるには餃子、お客を見送るには麺
“麺”:長い、末永く。年越し蕎麦
“長寿麺”changshoumian 日中寿文化比較考(少し気恥ずかしいですが) - 2“好吃不如餃子、舒服不如倒着”餃子より美味いものなく、寝るより楽はなし
中国語は分析的:“好吃”([食べて]美味しい),“好喝”([飲んで]美味しい) - 3“半夜吃餃子、好飯不怕晩”夜半に餃子を食べる→ご馳走は時間が遅いことなど気にしない。中国語のしゃれ言葉“歇後語”
同じ麺食のご馳走でも“饅頭”mantouと違い:発酵させる(發麺)、させない(死麺)
結婚式、開店祝いなどの御目出度い場面では餃子は使われず、饅頭が使われる。
“發麺”の“發”は“發財”にも通じ、ますます縁起がよい。 - 1“迎客餃子、送客麺”お客を迎えるには餃子、お客を見送るには麺
(5)中国での生活体験3題:天津南開大学、北京外国語大学
- 1“壹分”コインを食べ当てる
- 2餃子は重さで注文する:“一斤”500g 水餃子30個ほど、お皿山盛り、安い美味い
- 3ニンニクはテーブルに置かれている:餡には入っていない。かじるもの。
3.日本の餃子
(1)異国の食べもの紹介
江戸時代の料理本『卓子調烹方』(1778)
餃子が3か所:油ニテアクル、油ニテ煎ル、勢いろにてむし【揚げ】【焼き】【蒸し】
聞き書き本『清俗紀聞』(1799)
長崎奉行中川忠英編、清国江南浙江の風俗に関する記述:餃子…蒸籠にて蒸し用ゆ
(2)地域限定の食べもの
中華街は広東系:「先年新宿にチヤオズと焼売ばかり売る店が出来た」1937『食道楽』
(3)異国での食体験
渡曾貞輔『支那語漫談』41頁大阪屋号書店(大連)1932年2月
大好評の「ぎょうざ」 奉天新聞の広告欄に「支那御料理は専門、大好評のぎょうざ、ご注文はお馴染の千成」といふ日本人店の支那料理広告が麗々しく掲げられて居る。
【考察】1930年代中国東北瀋陽の日本人社会で、平仮名書きの語形が使われていた。
(4)大陸引揚げ
田村泰次郎「餃子時代」『小説新潮』1955年4月 『田村泰次郎選集』4巻所収
奥野信太郎「日本人の頭と胃の腑」『亭主の月給袋』92頁新潮社 1956年2月
近ごろ町に氾濫しているもののひとつに餃子屋がある。あれをギョーザというのは山東語をさらに訛った發音だと思うが、比較的簡單にできて、しかも美味で安いときているから、これが流行するのはもつともなことである。ぼくの記憶するかぎり、以前にも神田邊の中國料理で餃子をつくつている店がなかつたでもないが、今みたいに大流行しだしたのは戰後、ことに大陸からの引揚げが活潑になつてからの新現象である。
4.中国から見た日本の餃子
- 1餃子といえば焼き餃子:中国では食べ残った餃子を“貼”(片面を焼く)して食べる
- 2日常食に成り下がる:お雑煮やお赤飯を毎日食べているようなもの
- 3餃子ライスという組み合わせ:うどんをおかずにご飯を食べるようなもの
炭水化物だけ:焼きそばパンという組み合わせ:戦後東京荒川区のパン屋から
半チャンラーメン:半分のチャーハンとラーメンのセット - 4地域グルメ:栃木県宇都宮の餃子(西安老辺餃子という有名店はあるが)
5.まとめ
日本食に融合した中国料理とその歴史的背景
- 中国
西アジアから小麦、やがて石臼が伝来する。
小麦粉のさまざまな加工品が作られる。
形状から“角”を使ったことばが生れる。
入声の消失により“角”と“交”が同音に、食偏が附され“餃”で表記される。
接尾辞が附され“餃子”の2字が誕生し、今日に至る。
- 日本
明治時代以前は文献で“餃子”を知るが、日本で食べられたことはなかった。
時代が下り限られた地区で食べられるようになったがヂァオズと呼ばれた。
昭和10年代中国東北地方で「ぎょうざ」という名称が使われていた。
戦後引揚者が先ず異国での食文化を持ちこみ、全国規模で急速に広まり、今日に至る。
参考文献
草野美保「国民食になった餃子」『日本の食の近未来』思文閣出版 2013年3月
顧中正『餃子の研究』中公文庫 1984年1月
小菅桂子『餃子のミイラ』青蛙房 1998年6月
中山時子監修『中国食文化事典』角川書店 1988年3月
中山時子・木村春子『点心の知恵・点心のこころ』NHK出版 2006年7月
大塚秀明「戦前日本における中国料理の受容について」『日中文学文化研究』4号 2015年
邱龐同《中国面点史》青島出版社 1995年5月
『週刊朝日百科 世界の食べもの 中国1-13』朝日新聞社 1982年2月-5月
田中静一『一衣帯水』柴田書店 1987年10月
『中国料理大全』全5巻 小学館 1985年7月-86年5月 同新版1997年6月-10月
張競『中華料理の文化史』筑摩書房 1997年9月