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過去の展示

四季を巡る江戸庶民の行事と暮らし
夏 七夕
夏 七夕 朝廷の儀式であった七夕は、「七月七日織女祭」(『廷喜式』―延長5年・927年)とある。天の川で出会う牽牛星は農業を、織女星は衣料を象徴した、衣食の行事である。竹を立て、飾りものをつけ、瓜や茄子、団子などを供え、素麺を食べる。素麺が七夕の付きものとなったのは糸の細さを連想させるからだろう。五色の色紙や短冊には里芋の葉、稲の葉に溜まった露で墨をすり、和歌や願いごとを書けば書が上達するといわれる。「江戸にては、児ある家もなき屋も、貧富大小の差別なく、毎年必ず青竹に短冊・色紙を付して、高く屋上に建つる」(『守貞謾稿』―嘉永6年・1853年)とあり、笹売り、短冊売りが町に出る。「七夕の前短冊紙を売来るは、享和の頃はいろ紙計を売、文化の頃よりさまざまの形を切て売、近頃は枚行にて梶の葉型などの形をおして切ぬき、十枚くらゐづつ一束にして売、天保に至ては紙にて網を切、売来れり」と『世のすがた』(百抽・忍川―天保4年・1833年)にある。
七夕に素麺を食べる風習は室町時代にはあり『北野社家日記』(長享3年・1489年)七月二十八日条に「七夕素麺」の言葉がある。五節句のひとつの七夕は、庶民にも盛んに行われるようになり、「七夕御祝儀、諸侯帷子にて御礼今夜貴賤供物をつらねて二星に供し、詩歌をささぐ。家々冷素麺を饗す」(『東都歳時記』斉藤月岑―天保9年・1838年)とある。食べ方は昔も今も変わりはない。冷たい汁をつけて食べるか、温かい汁や味噌汁で煮麺にするぐらいである。江戸時代の料理書には、数種類の具をのせて醤油味の葛汁をかける「葛素麺」、濃いめの味噌汁をかける「こくせう麺」、紅で染める「紅そうめん」などが出てくるが、精進のときには鱠や刺身の代わりに使われることもあった。
素麺/文月西陣の星祭り
素麺/文月西陣の星祭り
七夕