「醤油美術回廊」
冒頭の画像は何かわかりますか?一見万華鏡の中のような極彩色の世界、なんとこの画像は、顕微鏡からみた、しょうゆ。⻑野県安曇野にあるビンサンチ美術館館⻑ 北⼭敏さん(以下「敏さん」)が、 “Micro Crystal Art”と呼ぶ、顕微鏡をつかった美術作品です。本稿では、敏さんの作品を通して、⼩さな⼩さな、美の結晶の世界へお連れします。
※以下、斜体記述は敏さんのコメントです
「ミクロ」に魅了された少年
敏さんが、生まれ育ったのは伊豆半島の北端部に位置する静岡県の三島市。富士山を望み、湧き水に恵まれていることで有名な三島市で、敏さんは幼い頃によく小川で遊んでいました。
— 幼いころの私にとって、水の中の世界は一際興味深いものでありました。冷える身体を感じながら、澄んだ水の中で水中花や生き物を見ていて、幼いながらに、そこにはとてつもない世界が広がっていると確信していました
初めて顕微鏡でその向こう側をのぞき込んだのは、敏さんが幼稚園生のころ。古本屋を営む家で育ち、敏さんの枕元には北斎やダ・ビンチなどの画集がうず高く積みあがっていたそうです。きっかけはある一冊についてきた、紙で組み立てるおもちゃの顕微鏡。敏さんにとって初めての顕微鏡を手に、学校に行く間も惜しんで、夢中になって家や自然にあるあらゆるものをのぞき込んでいました。敏さんは今も、当時見た世界をアートで表現する活動をされていますが、中でも代表的な作品が「タラシオネマの版画」
— 付録の顕微鏡からすこしランクアップした顕微鏡を使うようになったころ、いつものように水の中を覗き込んでいると、なにかうごめいている小さな物体をみつけました。後にわかることなんですが、それはタラシオネマというプランクトン(浮遊生物)でした。当時はなにかはわかりませんでしたが、とても不思議な姿形をしたその生物を、アートで表現したいと思ったのです
敏さんは20代の頃、西伊豆の湾を貸し切って10メーターに及ぶ「タラシオネマ」を浮かべるアート表現を行いました。そのシルクスクリーン版画はポーランドのクラクフ国際版画ビエンナーレで展示され、高く評価されています。
創作しない芸術家
敏さんは、自身のアートについてこう語ります。
— 私の作品は、幼い頃に見ていた景色を、科学で分解して、現実に表していることに近いんですかね。あの時見た自然を、あるがままに表現するために、対象物には一切手を加えたりはしません。例えばしょうゆのアートにしても、しょうゆに何かを混ぜるとか、何か条件を変えるようなこともしない。顕微鏡下で見ているものはすべてしょうゆがつくったもの。世界中の誰も見たことがないものを見れる、そういう意味では、私は科学的発見をするだけで創作しない芸術家といえるのではないでしょうか
キッコーマンのしょうゆやワインを対象としたアートもまた、液体が結晶化するその一瞬を切り取ったもの。まるでモデルを撮影する際、対象物を理解し、光やレンズで表現を変え、芸術的な瞬間を切り取る行為のようだと語ります。
— 液体であるしょうゆをじっと見ていると結晶化が起こってくる、そうした経時変化を結晶理論と感性でとらえているんです。ものによって、液を垂らして数秒で結晶化が始まるものもあれば、 1ヶ月後に初めて現れるものもある。キッコーマンのマンズワインは半年後にやっと結晶ができて、それまでは何もでてきませんでした。おそらく科学者は何もないで終わってしまうし、芸術家も気付かずに通りすぎる。私は科学者と芸術家の二つの目で、それを半年間ずっと追い続ける、そうするとある日突然すごい世界が立ち上がってくる。一番長いものは50年間ずっと見続けていて、そういう意味では子供のころから切れ目なくつながっているということかもしれませんね
日常に宿る宇宙
かねてより、キッコーマンのしょうゆやワインを対象としたアート作品を展覧会等で発信されている敏さん。今回、亀甲萬本店より「亀甲萬本店醤油」や「亀甲萬 御用蔵」をお送りし、新たなアート作品を生み出していただきました。
— こうした活動をしているそもそもに立ち返ると、日常に溶け込むしょうゆのようなものにこそ、もうとんでもない未知の宇宙が広がっているんだということを伝えたい。知れば、こんなにすごいものをほっておいていいのって絶対思ってもらえると思う。ここにある宇宙は、私が作家として創りましたということではなくて、しょうゆであれば、職人の方たちが真剣にしょうゆ造りに取り組む中で気づかぬうちに生み出してしまったもの。いかに心を込め手塩に掛けて造ったか、努力と涙の結晶として自然の中から生まれた美だと思います
— 一般的なしょうゆでも、しょうゆ独自のパターンや美しいミクロ模様は存在しますが、御用蔵のしょうゆが宿す金色は、私たちが知っているしょうゆの色を超えて、クリムトの絵画のような輝きを放つ神秘的な金色 “Gold“の品格を持ちます。そこにあるのに誰も見たことがない、見えないけれども存在する神秘的な美がそこにある、食卓の上にあるということを、世界中の人々に知ってもらいたい。食卓や自然の見方、生きることの意味や価値も変わり、より美しく愛おしい存在になると思っています
Micro Crystal Art Gallery
日本国内ではまだ認知の少ない敏さんの“Micro Crystal Art”は、すでに海外の国際コンクールでは数々の作品が入選・入賞をしています。以下はほんの一部ですが、多様で魅惑的なミクロの世界をどうぞご覧ください。