料理のことわざ な行

「な」

泣いてもらい笑って食べる

そば粉についての古くからのいい伝え。
そば粉のようなものは一合もらっても、見栄えがせず貧弱。こんなものをもらっても礼をいわなければならないのかと悲しくなり、泣きながら受け取る。さて、沸きたった湯を加えてかきまぜると、五~六倍にふくれてボリュームが増すので今度は笑って食べる。

ないもの食おうが人のくせ

ある時はそう欲しくないが、ないとなると何でも欲しくなる。ことに食べものはそうである。
「閑窓瑣談」に「俗にないものを食おうというのが人の癖であるが、実に人情は得難いものを含み、常にあって大益あるものを軽んじ賤めて信ぜず」とある。

 

長居鷺(ながいさぎ)は汁になる

長居している鷺は、捕えられて汁になってしまう。人も用がないのに長居していると禍を招くことがある。

流れがすみ

酒の異名である。「倭訓栞」に「酒を流霞という。唐詩に何惜酔流霞と見えたり」とある。

泣く口には食われるが笑う口には食われぬ

泣きながら食べられるが、笑いながらは食べられるものではない。

梨の礫(つぶて)

梨は「なし」に通ずるので、その音を利用した言葉。つぶては石を投げること。また、投げた石をいう。投げた石は帰ってこない。手紙、伝言などに対し、何の応答もないことをいう。

夏は鰹(かつお)に冬鮪(まぐろ)

その季節に味のいい魚。旬のもの。

七皿食うて鮫(さめ)笑い

たくさん食べながら、不味なのをそしること。

七彦のかゆ

出産の当日から七日目、すなわち七夜に煮るかゆをいう。

何事も酒でなければ始まらぬ

吉凶いずれにも、酒はつきもの。中国の「漢書」に、酒は天の美禄という言葉がある。

菜の花に塩をかけたよう

「青菜に塩」ともいう。打ちしおれたさまをいう。

鍋が釜を黒いという
The pot calls the kettle black.

鍋が、自分の黒いのをたなにあげ、釜を黒いといって笑う意。
「目くそ鼻くそを笑う」「五十歩百歩」などと同意である。

 

鍋にとじぶた

良くないもの同志、また、欠点だらけの者がよくマッチしていること。夫婦などで、どっちもどっちという欠点のあるものが仲良くしていることなどもいう。
「われ鍋にとじぶた」の略である。

生麦 生米 生卵

発音しにくく、特に早口でいうのに努力を要する言葉。

汝の顔に汗してパンを食うべし
In the sweat of thy face shalt thou eat bread.

人は生活するために額に汗して働かねばならない。出典は、「旧約聖書創世記第三章、十九節」にある。

何なら茶漬

来客が帰り際に何なら茶漬けでも、という空世辞。

「に」

煮え切らぬ

物事を決めかねてぐずぐずしていること。

煮え湯に水をさす

男女想思の仲をさくこと。生木を裂くともいう。

煮え湯をのませる

適温の湯だと思い、口に入れると煮え湯であって、やけどをしてしまう。人を信用し、気を許して付き合っていると裏切られてしまい、ひどい目に合うこと。

におい松たけ味しめじ

かおりのいい「きのこ」といえば、松たけだが、味の点からいえば、しめじが一番である。

 

にぎり酒盛り

この酒盛りはあまり景気がよくない。酒粕を食べて、酒盛りの代用にすること。

苦(にが)ひさごにも長所(とりえ)あり

物には何か長所があること。

肉を割(さ)いて腹に充たす

つまりは自分の損害になること。「肉を割いて傷に補う」「股を割いて腹に充たす」も同じ意味である。「花雲佐倉曙」に「肉をさき、骨を粉に砕く共、いとわぬかねての覚悟」とある。

肉をもって蟻(あり)を去る

物事は方法を誤ると初めの目的を達することができない、というたとえ。「韓非子」に「蟻を追い払おうとして肉をまいたら、かえって多くの蟻が来てしまうし、魚で蠅を散らそうとしても、かえって蠅は増えてしまう」とある。

乳臭(にゅうしゅう)

赤ん坊の口のように乳臭いこと。年若く経験の浅い者をあざける言葉。出典は古く「前漢書高視本紀」。

煮ても焼いても食えぬ

よく使う言葉である。相手が抜け目なく、時には悪がしこくて、どうやってもこちらのいうことを聞いてくれそうもないこと。

二兎(にと)追うものは一兎(いっと)も得ず
One who runs after two hares will catch neither.

二匹のうさぎを一度に追いかけると結局一兎も得られない。一度にあの仕事をやろう、この仕事もやろう、とあちこちに手を染めるとどちらもうまくいかなくなってしまう。日本でもよく使われるが、外来の諺。オランダの人文主義者エラスムスの格言集(1500年)に出ている。

 

女房となすは若いがいい

年老いても女房は若い方がいい。またなすも若い方が味がいい。反対に老妻を賞賛する言葉もある。「女房とみそは古い方がいい」「女房と鍋、釜は古い方ほどいい」。

鶏には麦粒の方がダイヤモンドよりありがたい
A barleycorn is better than a diamond to a cock.

日本でいう猫に小判と同じ。類句には「干草は、ろばにとっては黄金より気に入る」などがある。

鶏を割(さ)くに何ぞ牛刀を用いん

鶏は牛にくらべると、はるかに小さいから牛刀を用いる必要はない。小さいことをやるには大きな物、方法は必要ない。出典は、「論語陽貨篇」。

「ぬ」

ぬかに釘

玄米を精白すると表皮がとれて、ぬかが取れる。もろい粉末であるからそこに釘を打ちこんでもきくものではない。いくら忠告しても、さとしてもいうことを聞かないこと。

ぬかの中で米粒を探す

ぬかの中から、その中にまじっている米粒を探すのはむずかしい。むずかしいことの、たとえ。

ぬかの中の粉米

良くない連中がたくさんいる中に、少しいいのがまじっていること。

ぬかみそは日に三度底からまぜろ

ぬかみそをおいしく保つコツ。ぬかみそは、毎日三回はかきまぜないと味がよくない。かきまぜる理由は乳酸菌の居心地をよくしてやるため。かきまぜる時の手の平の角度で味が変るというほどなので、コツを要する。また、水分が適正であることも必要。その上、適時、ぬかと塩を加えていくことも忘れてはならないし、ぬか漬けの酸味を増さぬためには、注意を要する。卵の殻をくだいて、布袋に入れて加えるのもいい。

 

ぬかよろこび

ぬかに釘を打ち込むように効のないこと。いいことがあると信じて喜んでいると、それが真向から見事に外れてしまうことをいう。他説では、雀のぬか喜びから出たのだという。雀がぬかを見て、この中に自分の好む米もいくらかあると信じ、つついてみたら何もなかった。それと同じで、人が何かいいことを期待して大いに喜んでいたが、やがて、それは見当違いで何もいいことはない。前に喜んだのが、ぬか喜びであったということになる。

ぬかをねぶって米に及ぼす

初めはぬかだが段々に米にも害を及ぼす。「ぬかをねぶって、かすに及ぼす」ともいう。段々に害を蒙ること。「ひさしを貸して、母屋を取られる」というのも同意である。

盗人上戸(ぬすっとじょうご)

いくら酒を飲んでも顔に出ない人のこと。また、酒は飲むが、餅も食べる人のことをいう。

盗んだ水はあまい
Stolen water are sweet.

盗んだ水がうまいとはいい心がけではないが、危険をおかす好奇心が、精神的にプラスするものがあるのだろう。しかし、すすめるわけにはいかない。出典は、「旧約聖書箴言第九章」に「盗んだ水はあまく、ひそかに食べるパンはうまい」とある。

塗箸でなまこをおさえるよう

むずかしいことのたとえ。「ぬりばし、とろろにかからぬ」「ぬりばしで、芋を盛る」なども同じ意。また、水に放ってあるそうめんを、ぬりばしで引き上げるのも一仕事なので、「ぬりばしで、そうめんを食べるよう」といういい方も古くからある。

 

ぬれ手で粟

労するところ少なく、得るところ大なることをいう。よく使う言葉であるが、現在は、粟をほとんど食べないので、ぬれ手に粟の実演はできまい。

「ね」

寝入り小僧にかゆかける

寝入りばなの小僧は一日働いて疲れている。その小僧に熱いかゆをかけて起こしてしまうとは、気の毒なことである。
残酷なこと、不意打ちをかけることのたとえ。

ねぎと下手な浄瑠璃は節がない

唄の節と植物の茎の節を一緒にしたおもしろい言葉である。

猫に鰹節の番

「猫に魚の番」も同じで、危険なこと、安心できぬこと、信用できないことなどをいう。
中国では「後漢書」に「使餓狼守庖厨監飢虎牧牢豚」とあり、日本では「根無草」に「焼鼠を狐に預け、猫に鰹節の番とやらにて、必定、しくじりの番なり」とある。
「猫に乾鮭」「猫に生きいわし」なども同じ意味で用いられる。

 

猫の魚辞退

猫が魚を辞退するわけがない。
内心欲しくてたまらないが、いろいろ周囲の関係で、表むき一応辞退する時のたとえに用いる。

猫の精進

精進料理では、猫はいつまで続くものではない。永続しないことのたとえ。

猫も杓子も

誰もかれも、あれもこれも、などという意味。古くから使われている。
一休和尚の狂歌に「生きては死ぬるなりけり、おしなべて釈迦も達磨も猫も杓子も」、芭蕉の句に「爺も婆も猫も杓子もおどりかな」とある。

猫も茶を飲む

生意気なこと、こしゃくなこと。猫とはここでは卑下していう言葉。

寝ていて牡丹餅食えぬ

労しないで、幸運を得ようとしてもむずかしいこと。

根の苦いとろろ(とろろ芋)は葉も苦い

心が正しくないと、行いも正しくなくなる意。

粘りても餅屋の女房は上手

「商売は、その道によって賢し」ということ。

根深ぞうすい しょうが酒

身体を温めるには好適なもの。根深は、ねぎのこと。

根堀り葉堀りごぼうの根まで

一般には「根堀り、葉掘り」だけで用いている。物を人にたずねるのにそれからそれと、詳しく問いただすこと。古くから使われている言葉。
「歌舞伎」の「菅原伝授手習鏡(すがわらでんじゅ、てならいかがみ)」に「菅相亟のゆかりとあらば、根掘り葉掘り、云々」とある。

練馬だいこんのよう

練馬地区にだいこんを栽培しはじめたのは約三百年前。五代将軍・綱吉が館林城主であった時、ここに別荘を設けて病気静養をしていた頃に尾張徳川家からだいこんが贈られた。このだいこんが地味に適して、後に関東名物となった。今もごく少々は作っているが、昔日の盛況はない。
しかし、今でも「練馬だいこんのよう」と、若い女性の太い足をからかう言葉として残っている。

 

「の」

のいて通せ酒の酔

酔った人にはさからわず、こちらがさけて、通ってもらうほうがいい。「よけて通せ酒の酔」、「のきて通せ酒の酔」ともいう。

軒の熟柿(じゅくし)がうなづくばかりうんだも潰れたともいわぬ

無言で、全然返事しないものをあざける言葉。

 

熨斗(のし)、鮑(あわび)を添える

強いられて、やむを得ず物を譲ること。「米谷漫筆」に「伊達も、隣国を攻略し、其地を蚕食すること多し、然るを豊公小田原討伐の後に於て一言の下に過半を没収せざるを得ず、これらは熨斗・鮑を添えて進上の大なるものなり」とある。
なお、熨斗は元来鮑を細切りにして干したものである。

のっぺら汁に芋の子

青白い顔をして気概のないこと。

のどが渇く

意味がいろいろある。(1)文字通り、渇きを感じること。(2)人をうらやむこと。(3)身分不相応の服装をするのをあざけること。

のどがなる

酒好きの人が、酒のかおりをかいで飲みたくてのどがなるという。
のどから手が出るほど飲みたいとか欲しいときにも使う。酒ばかりでなく美味なものの場合にも適用できるが、飲物に使われることが多い。

のどもと過ぎれば熱さを忘る

口の中で熱いものも、のどもとを過ぎれば熱くないか、というとそうばかりはいえない。熱い豆腐をそのまま、のみくだすと、食道を通過するのがわかるぐらいであるから、全然感じないでもないが、度合いが低くなることは事実。転じて、苦難、災難などで、人の厚意を受けたのにもかかわらず、時が過ぎると忘れてしまうことなどのたとえに用いる。

のどもと過ぎれば鯛も鰯も

口の中には味覚を判別する神経がたくさんあるが、のどを過ぎるとそれがないので、鯛も鰯も同じことになってしまう。しかし、反対に口の中は味の判断力が鋭敏であるから、そこを、落度なく通過させるのは、むずかしいことである、の意。

野鳥の献立

鳥を捕まえない前に、鳥を捕ったらどんな料理にしようか、と相談したり工夫したりする。俗にいう「捕らぬ狸の皮算用」と同義である。
熊の捕れる地方で「熊を捕る前に酒を買う」などといういい方もある。しかし、捕る前の胸算用も楽しい。

 

呑みもきらず かみもきらず

半呑、半吐でイエスともノーとも決定しない優柔不断なこと。

呑んだり吐きだしたりする

あるいは承諾し、あるいは取消しをし、やめるかと思うと、手がけたりして、することが一定しないこと。

飲まぬ酒に酔いはせぬ

原因がないから、結果もないということ。同意のものに「飲まねば薬も効能なし」というのがある。