料理のことわざ や行

「や」

八百善を茶漬けにする

八百善は江戸後期から明治、大正昭和と続いた名舗。
ところで、茶漬けはだいたい一葉で食べる簡易食であるが、八百善を茶漬けにするというのは最高の料理をそろえての上だから、ぜいたくの限りの意に用いる。

八百屋に看板なし

並べてあるものが看板のかわりをするので、看板の必要がない。「あの人は八百屋」とは、いろんな仕事をやっている意。

薬罐(やかん)でたこをゆでる

やかんで八本足のたこをゆでるのはむずかしい。不便なこと、やりにくいことを言う。また、「やかんでゆでた、たこのよう」とは、手も足も出ないこと。

 

焼鳥に捉緒(ヘお)をつけよ

念には念を入れて、用心してことをせよの意。原文は見る通り、焼いた鳥が逃げないように紐をつけるのだから、用心この上なしである。
「焼鳥に綜緒(そうお)」も同じ意。

焼き餅を焼く

嫉妬(しっと)を「やきもち」という。初めは遊女の言葉。賺(すか)すということをやくという。手をやくも、それから転じたもの。
「やきもち」は女性に多少あった方がいいという意味を含んだのが「焼き餅とかき餅は焼くほどいい」である。「やきがまわる」は愚鈍になった意。

夜食すぎての牡丹餅

夜食を終えてから牡丹餅をもらっても満腹で食べる気がしない。何事も時が過ぎると値打ちがさがるたとえ。

弥助

歌舞伎の名作・義経千本桜の中に「すし屋の段」があり、平維盛(たいらのこれもり)が、すし屋弥左衛門方に弥助の名で手代となって身を潜めている。それで、すしを弥助と呼ぶようになったが、源平時代にはにぎりずしはないし、当時のすしは自然発酵による腐れずしである。
にぎりずしの歴史は約百五十年であるが明治時代に花柳界でにぎりずしを「弥助」という異名で呼ぶようになった。

やせ子の酢好み

やせている者が酢を多くとるのはよくないが、かえってよくないものの方を好むことが多い。
もうひとつの意味は、貧者が食べ物のぜいたくをして、反対に富者の倹約を笑うこと。

雇う法師はみそを嫌う

雇われるとつけあがってしまい、みそなんか食べられないという。

宿屋の飯も強いねば食えぬ

宿屋の飯は、金を払って食べるのだから、サービスが悪くても食べるか、というとそうはいかない。やはり、サービスや何かがいきとどかないと、多くは食べない。「茶屋の飯も強い方」「茶屋のものも強いねば食えぬ」なども同意。

やぶ医者の薬味たんす

やぶ医者は患者を誘うためことさらに立派な薬入れをもつものである。「山師の玄関」というのと同意。

山雀(やまがら)金魚で煮ても焼いても食えぬ

山雀も金魚も食用になるものではないから、煮ても焼いても食えない。転じて、相手なり第三者なりが相当に世なれた者で、乗ぜられる隙がないことをいう。

山雀(やまがら)のくるみまわし

山雀は利口な鳥であるが、くるみを口ばしで廻すと、思うような方向にいかず、もてあます。
同様に、人の仕事もなかなか思う方向に運ばぬことがあるのもだ。

 

山くじら

いのしし肉の異名。
昔、くじらは魚だと思っていた。野獣肉の「いのしし」では食用としてはばかられるので異名を用いた。

山でうまいもの おけら ととき嫁に食わすな

山菜でおけら(蒼朮・そうじゅつ)とととき(とときにんじん)は美味であるから嫁に食わすなという。味のいいのを強調する意が強い。

山に登りて魚を求む

実際にはできないこと。出典は「易林」。「上山求魚 入水捕兎」とある。
類句「山にはまぐりを求む」もある。

山の芋うなぎとなる

地位の低いものが、立身出世すること。また、「山の芋、うなぎにならず」ということもある。
「東海道中膝栗毛」に、「はや十年ばかりの星霜を経りけれども、山の芋うなぎとならず、相変わらずの貧乏」とある。

山の芋をかば焼きにする

「山の芋化してうなぎになる」を踏まえ、まだうなぎにならない前に山の芋をかば焼きにするのは早すぎるということ。
物事に早まることのたとえ。
「本朝二十四孝」に「いまだ生もかへぬうちに、軍術の大将のとそりゃ山の芋を蒲焼にするやうなもの」とある。

山の神におこぜ見せるが如し

(1)たいへんに喜ぶこと(2)ちらりと見せること。
山の神はおこぜが好物なので猟師はこれを紙に包んで供え、獲物が多いよう祈った。この俗信から出た諺。

楊桃(あげもも)のえりぐい

やまももを食べるのに初めはいいのを選んで食べるが、減ってくると手当たり次第に食べる。
少ないものは選り好みができないの意。

「ゆ」

湯陰酒陽

読み方が音と訓の交じっている変則的なものだが、湯は入浴。それによって女性は元気になり、男は酒によって元気が出ること。
裏面の意味もあるが説明は省く。

夕顔のつるに挾み箱

夏の夜ひっそりと白い花をつける夕顔。
そのつるになるのは、食用にする果実だけで挾み箱がなるわけがない。あり得ないことのたとえ。
「瓜のつるになすびはならない」よりもっと強い表現である。挾み箱は中に着替えの衣類などをいれ従者がかつぎ歩く長方形のかなり大きな箱。夕顔の果実は、そのまま調理して食べる他かんぴょうを作る。

夕食ぬきでねる方が借金背負って翌朝起きるよりましである
Better go to bed supperless than rise in debt.

武士は食わねど高楊枝の海外版である。
イタリアには「不名誉でいるよりは食事をしない方がいい」というのがある。

夕立にあった吊るし柿のよう

色がどす黒くなり、薄汚く見えること。
転じて、人間の顔が同様な色合いになって、健康でないこと。

雪道と魚の子汁は後ほどよい

雪道は人が踏んで固めた方が歩きよい。
魚汁は煮込んだ方が汁にうまみが出る。
世の中には、初めがいいのもあれば後の方がいいものもあるたとえ。

湯七分に泡八分

抹茶の立て方は湯七分泡八分の割合がいいとされている。
出典は、「狂言鱸庖丁」(きょうげんすずきぼうちょう)に「湯七分に沫八分 むくむく やわやわ ほらほらと、昔様に中高に猫の背を立てたるが如く云々」。

ゆでだこのよう

たこをゆでると真赤になり、湯気が立つ。
ちょうどそれと同じような恰好で、人が酒にひどく酔っていたり、大いに怒っているさま。

 

湯腹も一時

「茶腹も一時」ともいう。
酒をのぞいて湯、茶、その他水分だけを腹一杯つめてみても、そう長く満腹感が続くものではないこと。

指をくわえる

人がごちそうを食べている傍で、自分は指をくわえて見ている。
転じて、人が何かのことをやっているが、自分はそれを横取りする力もないし、仲間に入る実力もないのでだまって見ていること。

夢に牡丹餅

思わぬ喜びが急にやってくること。
「女房気質」に「・・・しかも美人に千両の持参金とは夢に牡丹餅両手にうまいもの」とある。
「夢に餅くう」も同じ意。

 

熊野(ゆや)松風に米の飯

謡曲の「熊野」と「松風」は名作で何度きいてもあきない。
ちょうど米の飯のようなものである。平宗盛に愛された長者の娘・熊野。
国許の母の重病の報せに帰国を願ったがかなえられず、たまたま花見の宴で詠んだ歌に感動した宗盛が帰国を許す、というのが「熊野」。
「松風」は、須磨浦を訪れて松風、村雨を弔った旅僧の許に姉妹の霊が現れ、在りし日を語る。

湯を水にする

仕上げたものをこわしてしまうこと。

湯を沸かし火を引く

自分でなすべきことは、すべてやりとげること。

湯を沸かし水に為す

「湯を水にする」と同じ意。
せっかく修得したことを忘れてしまったときにもいう。

「よ」

よい酒はよい血を作る
Good wine makes good blood.

よいワインを適度に飲めば体によいということ。

 

酔いざめの水は甘露の味

酒に酔ったあとの水は、うまい。
甘露は、いい政治を行うと、天がそのほうびとして降らすという中国の伝説があり、仏教でも苦悩をいやし死者をよみがえらせる天酒を指す。また実際に、夏、楓・樫の木などの樹葉から垂れる甘い液も甘露という。

よう飯蛸(いいだこ)酢みそお上がり

いい加減なことをいうものだという戯言である。

よくなし者の煮ぶくれ

煮方によってはおいしく食べられるものも、煮方が悪いと水分を多く含んでふくれ上がり、味が悪くなってしまう。「味ないものの煮太り」「まずいものの煮太り」などともいう。

夜寒郎麦好(よざむろうむぎよし)

人名に擬して、春の夜寒は麦作によいと、しゃれたもの。

よその米の飯より内のかゆ

よそで米の飯をごちそうになれば、おいしいかもしれないがきゅうくつで気持もゆったりしないことが多い。それにくらべて自分の家で食べるのは気分的に楽。たとえ、粗末なかゆを食べるのでも、その方がいい。

淀川の杭(くい)で大杭の長杭

淀川に杭が多く立ち並んでいた頃にできた言葉。食いを杭にかけたもの。
大食いで、長食いという意。

蓬(よもぎ)にまじわる

よからぬ仲間と交わることをいう。よもぎの若葉は食用になる。その葉を餅につきまぜたのが草餅である。
また、その若葉を乾したものをついて作るのが、冬に用いる「もぐさ」。
古語で「さしもぐさ」という。

夜の蜘蛛(くも)は夜露蜘蛛(よろこんぶ)

九州の方言で蜘蛛を瘤(こぶ)という。夜のくもは、夜のこぶとなる。「の」の字を除いて、夜こんぶは喜ぶにも通じるし、飛躍して、よる昆布にも転ずる。喜ぶという言葉の遊び。

 

夜の昆布は見逃すな

夜の昆布はよろこんぶで、喜ぶに通ずる。めでたいものだから、夜の昆布は見逃さないで大いに食べるのがいいというのである。

夜の酌は八分目

夜の大酒はよくない。盃八分目ぐらいが適量である。

よわい延ぶる歯がため

歯固めは、延年長寿を願って歯(齢)を固めるための式。
宮中でも、正月三日この儀式を行っていたという二千年前の記録がある。
その昔、天皇をお迎えして厳かに行われた歯固めの式では猪、鹿(いのしし、しか)の肉を乾したものを食べたが、仏教渡来後は雉の肉、あゆの乾したものを用い、江戸時代には固餅となった。現在も行われている正月十一日の鏡開きは、歯固めの変形したものである。現在、鏡開きには、お祝いに作った大きな供餅をくずし、ふつうは汁粉に加えて用いている。